#82 死について考える
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濱口竜介監督の新作『急に具合が悪くなる』を観ました。この映画の原作は、宮野真生子と磯野真穂による同名書籍『急に具合が悪くなる』。2019年に晶文社から刊行された本で、がんの転移を経験しながら生きる哲学者・宮野真生子と、臨床現場を調査してきた人類学者・磯野真穂による20通の往復書簡で構成されています。
映画は原作をそのまま映像化するのではなく、パリの介護施設を舞台にフランス人の介護施設長と日本人の演出家という二人の人物を通じて、原作に流れる「病とともに生きる」「死を前にして他者と関係を結ぶ」という主題を、新しい物語として立ち上げています。
物語の中心にいるのは、パリ郊外の介護施設「自由の庭」の施設長マリー=ルーと、ステージIVのがんを抱える日本人演出家・森崎真理の2人。死を目前に控えた森崎に、マリーが出会い、死を前にしてどう生きるか、他者とどう関係を結ぶか、看取った後にどうするか、といったテーマが盛り込まれた作品でした。
作中では、「ユマニチュード」というフランスで開発された認知症ケアの技法が登場します。この技法では、支援者は被支援者を対等なパートナーとして扱い、一方通行の介助ではなく、相手の人間らしさを尊重します。相手の人間らしさを尊重し、対等なパートナーとして向き合うことは、死が目前に迫っている人に対してであっても大切なことなのだと感じさせるシーンが随所にありました。
自らに死が目の前に迫ったとき、はたまたそうした人と出会ったとき、自分はどのように死や生、周囲に向き合えるのだろうか、とそんなことを考えさせてくれる作品でした。関係や余白を描くことにも尺をつかっている作品なので、上映時間は3時間16分と少々長いですが、関心のある方はぜひ観てみてください。
inquire / モリジュンヤ
Signals
今週のテーマは、生と死。
死について考えることは、いまをどう生きるか、誰とどのようにつながり、何を未来へ手渡していくのかを考えることでもあります。
生と死をめぐる3つのシグナルを紹介します。
10分で残す、あなたの最後の言葉
人生の最後に何を伝えたいのか。そんな問いを10分という短い時間で記録するのが、「10分遺言」です。
このプロジェクトでは、10分間で書かれた遺言を匿名で募集し、その執筆過程を可視化するソフトウェア「TypeTrace」(dividual inc./ドミニク・チェン・遠藤拓己)を用いて展示しています。TypeTraceは、キーボードで入力された文章が完成するまでのタイピングや推敲、迷いの時間まで記録・再生する技術で、「デジタル時代の生原稿」とも呼ばれています。
遺言というと、法的な手続きや財産分与を思い浮かべますが、この取り組みで残されるのは、大切な人への感情や後悔、願い、人生を通して伝えたかったことです。そして、完成した文章だけでなく、言葉を選び、立ち止まり、書き直しながら思いを紡ぐプロセスそのものも記録されます。
私たちが惹かれたのは、遺言を「人生の終わりのためのもの」ではなく、「いまを生きるための言葉」として捉えている点です。さらに、何を書いたかだけではなく、どのように言葉を探し、迷いながら書いたのかまで残そうとしていることにも、このプロジェクトの豊かさがあります。死について考えることは、生について考えることでもある。TypeTraceは、その人の言葉に至るまでの複雑な過程ごと記録することで、人間の複雑さと豊かさを表現しているプロジェクトなのだと感じました。
「命を自然へ還す」という選択
一般社団法人ハヤチネンダが取り組む「いのちを還す森」は、岩手県遠野市を舞台に、遺骨を森へ還し、自然の風景を未来へ受け継ぐことを目指す埋葬プロジェクトです。
この取り組みでは、お墓を「買う」のではなく、「未来に遺したい風景をつなぐ」という考え方を大切にしています。参加者は、生前から森づくりや集いに関わり、自分がやがて還る場所との関係を育みます。葬送も、重要文化的景観に指定されている荒川駒形神社によって森の中で執り行われ、人もまた自然の循環の一部であるという考えが息づいています。
私たちが興味深く感じたのは、弔いを「故人を偲ぶ行為」だけで終わらせず、人の営みが未来の風景を育てる営みとして捉えている点です。また、生前から自分がどこに還り、どのような自然や地域とのつながりのなかで眠りたいのかを、自ら選び、その場所との関係を育んでいけることにも豊かさを感じました。
死は人生の終わりではなく、未来へ続く風景や人とのつながりを育むプロセスでもあります。「いのちを還す森」は、生と死を切り離すのではなく、人と自然の関係を結び直しながら、未来へ受け渡していく実践なのです。
「生きる価値」を誰が決めるのか
映画『PLAN 75』(監督:早川千絵)は、75歳以上の高齢者が自ら死を選べる制度「PLAN75」が導入された近未来の日本を描いた作品です。
作品が問いかけるのは、安楽死制度の是非だけではありません。生産性や効率を重視する社会のなかで、「生きる価値」は誰が決めるのかという根源的な問いです。制度は個人の自由な選択に見えながら、その背後には孤立や貧困、社会からの無言の圧力が存在しています。
劇中では、主人公である高齢の女性が制度を利用しようと準備を進めるなかで、さまざまな人との出会いや関わりを通して、自分が残りの人生をどのように生きたいのかを見つめ直していきます。生きることは、誰かとの関係のなかで揺らぎ、変化していくものでもあることが丁寧に描かれています。
私たちが受け取ったのは、死について考えることは、どのような社会で生きたいのかを考えることでもあるということです。生と死は個人だけの問題ではなく、私たちの社会のあり方や、人と人との関係性を映し出す鏡でもあるのだと感じました。
Information
こちらはイベント情報など、inquireからのお知らせを掲載するコーナーです。
Event
inquiring futures #3「いい会社、いいブランド、いい生活者の歩みと現在地。ライフスタンスのこれからを問う」
7月23日(木)に、inquiring futures #3「いい会社、いいブランド、いい生活者の歩みと現在地。ライフスタンスのこれからを問う」を池尻大橋のHOME/WORK VILLAGEにて開催します。
企業やブランドのビジョン・思想と、個人のライフスタンスの重なりを探究してきた のが、「Lifestance EXPO」です。 今回は、PARaDEを率いてきた中川淳さんと佐々木康裕さんをお迎えし、改めてこれからのライフスタンスを考えます。
いい会社とは誰にとっていい会社なのか。
いいブランドとは何を社会にひらく存在なのか。
いい生活者とはどのような人なのか。
お二人の対話を起点に、参加者一人ひとりが自分の問いを持ち寄り、ともに考える時間にしたいと思います。
※予定していたゲストのお1人の出演が難しくなったため、登壇者が変更になりました。
日時:2026年7月23日(木)19:00〜21:30(開場 18:30)
会場:HOME WORK VILLAGE 209教室
参加費:無料
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