#84 エコシステムの庭師としてのメディアへ
リレーショナル・インテリジェンスとフィールド・カタリストを手がかりに考える
Lookup
最近、これからのインクワイアの役割を「エコシステムをガーデニングすること」として捉えられないかと考えています。
まだ知られていない実践を取材し、複雑な出来事に文脈を与え、個人の経験をほかの人も参照できる形にする。これらがメディアの大切な仕事であることは、これからも変わりません。ただ、コンテンツを公開するだけでは、エコシステムは育ちません。
一つの記事をきっかけに、誰と誰が出会ったのか。言葉になっていなかった違和感は、誰かと考えられる問いへ変わったか。人、知識、信頼、資金、機会が、異なる場所のあいだを流れるようになったか。そこまでをメディアの仕事として考えてみたいと思っています。
設計するより、環境を手入れする
ガーデニングという比喩を使うのは、エコシステムを誰か一人が設計し、思いどおりに動かすことはできないからです。庭師が植物に成長を命令できないように、メディアも人の関心や関係、活動の行方を決めることはできません。できるのは、よく観察し、土を整え、水や光が届くようにし、変化の兆しを見ながら手入れを続けることです。
豊かなエコシステムとは、異なる経験や視点が共存し、問いを持つ人が孤立せず、必要な知識や仲間に出会える。実践から生まれた知恵が蓄積され、次の実践に生かされる。関わる人が役割を変えながら、その循環を支えている。
関係の質を育てる
では、人と人をつなげば、それだけでエコシステムは豊かになるのでしょうか。接点が増えても、互いを手段として扱う関係ばかりでは、探究や協働は長く続きません。
この問いを考える手がかりが、リレーショナル・インテリジェンスです。イザベル・C・ハウはこれを、信頼を築き、緊張や違いを扱い、断絶を修復し、他者とともに意味を生み出す力として説明しています。個人の能力だけでなく、人と人の「あいだ」にどのような状態をつくれるかに目を向ける概念です。
ハウは、学校や職場、コミュニティ、デジタルプラットフォームなどを、つながりが生まれやすいように設計する「関係性インフラ」の必要性も説いています。関係性を個人の善意に委ねず、社会を支える基盤として扱う提案です。詳しくは、「リレーショナル・インテリジェンスの時代へようこそ」で読むことができます。
この視点に立つと、少人数の対話、イベント後のやりとりも、記事の周辺にある活動ではなくなります。異なる人が互いを単純化せずに話せること。行き違いが起きても、関係を結び直せること。安心して参加でき、参加しない自由も守られること。つながりの数だけでなく、こうした関係の質もガーデニングの対象になります。
フィールド全体の変容に仕える
関係の質を考えるヒントがリレーショナル・インテリジェンスだとすれば、組織の役割を考えるヒントがフィールド・カタリストです。
フィールド・カタリストとは、複雑な社会課題に関わる多様な主体をつなぎ、それぞれの取り組みを増幅させる中間支援的な存在です。自らの組織だけを拡大するのではなく、フィールドの状況を捉え、実践者をつなぎ、知識やデータを共有し、足りない機能を補う。ときには前面に立たず、功績を現場の担い手へ譲り、資源が必要な場所へ届くように働きます。概念の背景は、「フィールド・カタリストは社会変革をどう前に進めるのか」に詳しく紹介されています。
この姿勢は、エコシステムをガーデニングするあり方と重なります。メディアが中心になるのではなく、メディアも一参加者として存在し、実践者同士が学び合い、支え合い、新しい動きを生み出せる環境を整える役割を果たせないか、と考えています。
育てることと、支配することを分ける
ただし、人やコミュニティは、運営者の思いどおりに育てる対象ではありません。何を育て、何を取り除くかを一方的に決めれば、ガーデニングは管理や支配に近づきます。
参加するかどうかを本人が選べること。公開と非公開の境界を明らかにすること。語られた経験を、同意なく記事や営業に使わないこと。功績や知見を、生み出した人へ返すこと。つながりを増やすことと同じくらい、適切な距離と境界を守ることが欠かせません。
エコシステムが良くなっているかどうかも、異なる実践者のあいだに紹介が生まれたか、共有した知識が別の現場で使われたか、問いや資源が必要な場所へ移り、次の探究へ戻ってきたか、といったことで見ていくことになります。こうした変化は見えにくく、すべてを数値にはできませんが、何を育てたいのかを確かめる手がかりになります。
答えを集める場所というより、問いが孤立しないための場所としてのメディアへ。インクワイアも、問いと人、知識、信頼、時間、場所、資金が出会い、循環する環境を手入れする存在を目指していきたいと思います。
Signals
今週のテーマは、「関係性」。
AIの進化や働き方の変化によって、私たちの暮らしは大きく変わり続けています。一方で、人とのつながりや信頼、対話といった「関係性」の価値は、ますます重要になっています。
今回は、より良い関係性を育てるヒントとなる3つのシグナルをご紹介します。
自分で自分を欺いて、小さな「箱」に入っていないか
私たちは、人間関係がうまくいかないと、「あの人に問題がある」と考えがちです。
『自分の小さな「箱」から脱出する方法』で語られるのは、「自己欺瞞」という考え方です。自己欺瞞とは、自分で自分を欺くこと。相手に親切にしたほうがいいと心のどこかで感じながら見て見ぬふりをしたり、自分の言動を正当化するために相手を悪者にしてしまったり。そうして自分の都合のいい物語をつくり、それを真実だと信じ込んでしまう状態です。
アメリカ・ユタ州に拠点を置く研究所「アービンジャー インスティチュート」による本書では、この状態を「箱に入る」と表現します。一度箱に入ると、自分が箱に入っていることには気づけません。そして、相手を「困った人」と見れば見るほど、自分の行動を正当化し、関係はさらにこじれていきます。
だからこそ、人間関係を変える第一歩は、「相手を変えること」ではなく、「私は今、自分に都合のいい物語を信じ込んでいないだろうか」と自分に問いかけることなのかもしれません。
自分で自分を欺いていることに気づく。その小さな気づきが、関係性を変えるきっかけなっていくはずです。
自殺率の低い町に共通するものとは?
『その島のひとたちは、ひとの話をきかない』は、精神科医でオープンダイアローグトレーナーの森川すいめいさんが、自殺で亡くなる人の少ない「自殺希少地域」を訪ね歩き、人の生きやすさを探ったフィールドワークの記録です。
森川さんが訪れた地域に共通していたのは、人間関係が濃密で、いつも一緒にいることではありませんでした。むしろ、近所付き合いは「あいさつ程度」「立ち話程度」という人が多く、関係性は「疎で多」。深く結びついた少数の仲間だけではなく、多様な人とゆるやかにつながっていることが、地域のセーフティネットになっていました。
著者がたどり着いた岡山県・真鍋島では、人びとは外から来た人の提案をすぐには受け入れません。しかし、それは閉鎖的だからではなく、相手の正しさにそのまま従うのではなく、自分たちの暮らしや関係性のなかで考え、判断しているからでした。
地域には、効率や正しさだけでは動かない知恵があります。まず必要なのは、課題を解決することではなく、一緒に時間を過ごし、困りごとを見過ごさず、解決するまで関わり続けること。そして、相手を変えようとするのではなく、自分に何ができるかを考えることです。
生きやすさを支えるのは、強い一体感ではなく、適度にばらばらでありながら、いざというときには助け合える関係なのかもしれません。新しい可能性は、正しい答えからではなく、ゆるやかなつながりと対話のなかから生まれる。そんなことを教えてくれる一冊です。
Meet Six Neighbors──「近所に6人の知り合いをつくろう」
「コミュニティをつくろう」と言われると、何か大きな活動を始めたり、多くの人を集めたりしなければならないように感じるかもしれません。
アメリカ・カリフォルニア州で展開されている「Meet Six Neighbors」は、そんなコミュニティづくりを、もっと身近なところから始める取り組みです。掲げている目標は、「近所に6人の知り合いをつくる」こと。まずは挨拶を交わし、名前を知り、少し言葉を交わすことから、地域のつながりを育てていきます。
近所の人とつながることは、孤独をやわらげるだけではありません。安心感や心身の健康を支え、困難や災害が起きたときに助け合える関係にもつながります。この取り組みでは、6人の近所の人と話すことが、ウェルビーイングを高め、困難な状況を乗り越える力や、緊急時への備えにもなると紹介されています。
孤独を、一人ひとりが自分で解決すべき問題として捉えるのではなく、日常のなかに小さな関係性を増やすことで、孤立しにくい地域をつくっていく。大きなコミュニティを目指さなくても、一つの挨拶から始められる。「Meet Six Neighbors」は、身近なつながりの積み重ねが、安心して暮らせる社会の土台になることを教えてくれます。
Information
こちらはイベント情報など、inquireからのお知らせを掲載するコーナーです。
Event
inquiring futures #3「いい会社、いいブランド、いい生活者の歩みと現在地。ライフスタンスのこれからを問う」
7月23日(木)に、inquiring futures #3「いい会社、いいブランド、いい生活者の歩みと現在地。ライフスタンスのこれからを問う」を池尻大橋のHOME/WORK VILLAGEにて開催します。
企業やブランドのビジョン・思想と、個人のライフスタンスの重なりを探究してきた のが、「Lifestance EXPO」です。 今回は、PARaDEを率いてきた中川淳さんと佐々木康裕さんをお迎えし、改めてこれからのライフスタンスを考えます。
いい会社とは誰にとっていい会社なのか。
いいブランドとは何を社会にひらく存在なのか。
いい生活者とはどのような人なのか。
お二人の対話を起点に、参加者一人ひとりが自分の問いを持ち寄り、ともに考える時間にしたいと思います。
※予定していたゲストのお1人の出演が難しくなったため、登壇者が変更になりました。
日時:2026年7月23日(木)19:00〜21:30(開場 18:30)
会場:HOME WORK VILLAGE 209教室
参加費:無料
ライフストーリーを聞く講座|「聞くこと」の豊かさと、語りの可能性を考える
モリジュンヤが理事として運営に参加しているNPO法人soarが、全5回のオンライン講座「ライフストーリーを聞く講座」を開催します。
この講座では、北野央さん、西村佳哲さん、瀬尾夏美さんをゲストに迎え、「聞く」ことについて学び、考えます。soarが取材やコミュニティアーカイブの実践を通して培ってきたインタビューの考え方や手法に触れながら、参加者同士でライフストーリーを聞き合うワークショップにも取り組みます。
誰かの人生に耳を傾けることは、その人を理解するだけでなく、その背景にある経験や価値観、時代や社会との関わりに触れることでもあります。語る人と聞く人のあいだで言葉が生まれていく時間を通して、「聞くこと」の豊かさと、語りの可能性を探る講座です。
8月10日(月)から講座がスタートします。申込締切は同日12時ですので、ご関心のある方はぜひお申し込みください。
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